自己承認を考える
嫉妬や妬みで身を滅ぼす
人間の究極の幸せは、人の役に立つこと、人から頼りにされること、人から必要とされることだと思う。
仕事をしてある程度経験をするとわかってくるのだが、プライドや見栄で自分が中心でありたいという上司が多くなる。なぜ手放すことはしないのか。仕事をする上で報連相は欠かせない最低限のルールである。時としてそれは、下から上へのコミュニケーションの手段として捉えられる。
しかし、本来であれば上から下へ行われるべきである。報連相をうまく利用して部下をどう動かすか、それをマネージメントするのが上司の仕事ではないのだろうか。
「こいつはいつか自分の身を奪う」「評価が傾き、スポットライトが自分に当たらなくなる」など権力を集中したがる人ほどそう思っているのではないか。
大事なのは、仕事を適切に振って今誰がバッターボックスに立っているか示すことだ。
承認欲求を失った部下は不平不満を言い、上司の指示を聞かなくなったり、(自分で考えて行動しなければいけないという思いが強くなり)自分の判断で行動するようになる。そうなってくると上司は部下に不満を持ち、その部下には仕事を振らなくなり、自分への報連相がないと解釈で信頼をしなくなる。
関係性を上手くできない人へ
仕事は役割で行うべきだと思うし、業務ごとに得意な人がいればそれぞれ不得意な人を補えばいいと思う。
どうしても、古い習慣で変えることができない。外から新しい知識を持った人が来ると、自分の箱の中に入ってしまう。
そうなると意見を言った人は、そこから外され不満を持ってしまう。
自分の意見が聞いてもらえないと、役に立っているかわからなくなり、承認されないという思いだけになってしまう。自分の意見を聞いてもらえない人は、自分を評価してもらう行動だけを考えてしまう。そして悪循環となり、他人の配慮が欠け、自分本位となり、より溝を深めてしまうのだろう。
人間の業は凄まじく、人が人の下を作り続ける。上司に評価されない部下は、自分の部下にも上司と同じ行為をする。
そうならないために、我慢するのではなく、自分の思いを外に向ける(人の役に立つ)ために、自己承認を満たしていくのがいいだろう。
自己承認を満たすために大事なのは習慣
習慣に優るものものはない。良い習慣を続けよう。悪い習慣と良い習慣とは雲泥の差だ。
自分に仕事が回ってこなくても、腹を立て愚痴を言う習慣やめる。その代わり、今できることに注力する。
評価されなくても、自分が過小評価されていると、同僚に愚痴を言うのをやめる。その代わり、評価されない理由を考えよう。
こうすれば良くなる、こう自分がすれば上手くいく、上手くいっていないことへ助言をしても聞いてもらえないことに腹をたてるのをやめよう。その代わり、自分の可能性を信じてもっと上手く行く案を考えよう。
人を変えることは容易ではない。愚痴を言わない自分を自己評価し、腹を立てない自分を認めよう。
今よりも、もっと上手く行くと信じて、しっかりと勉強して準備した自分を承認しよう。
そうすればきっと承認欲に打ち克つことができる。
大事なのは習慣、良い習慣を身につける
所有すればするほど、囚われてしまうのです。
より少なく所有すれば、より自由でいられる。
どれだけいい仕事をしたかよりも、
どれだけ心を込めたからです。
マザーテレサ
人に施しができるように、自己承認を満たすことを習慣させていく